変な慶應卒が「シュウカツ」というイベントを振り返る
はじめに
この記事は就活のノウハウをまとめたページではありません。「とにかく大企業に行くんだ!」「今すぐにでも内定が欲しい」と意気込むあなたはすぐにこのページを閉じてください。
この記事は日本で学生をしていたら気づいたらシュウカツというイベントがやってきていて、パニックに陥っていたり、「僕私の人生ってなんだっけ」とか、「働くってなんだろう」、就活用の自己分析とか表向きの悩みではなく「そもそも僕私の強みってなんだろう」、「向いている仕事なんてあるのかな」みたいな問題に対して真剣に悩む状態にまできてしまったあなたに向けて、とりあえず就活を終えた大学生が、自らの就活を振り返りながら、答えを示すのではなく(そんなことはそもそもできないし)、まあそんなこともあったという振り返りを共有するというものです。ストレスでつい長時間見てしまうTiktokで過ごす時間よりは、少しは有意義な時間になるかもしれません。
ちなみに、具体的な会社の話などは出てこず、脳内の記憶を断片的に繋げただけなので、読みにくいかもしれません。補足として、文系学部生の話です。
シュウカツの到来
進路選択としてのシュウカツ
はじめは見て見ぬふりをしていた周りの動きでしたが、ある時シュウカツはレールである以前に、卒業進路の1つなのであるということに気づきました。
何を当たり前のことを、と思われるかもしれませんが、私にとってこれは画期的なことでした。
つまり、卒業した後もまだ生きている場合、シュウショクしても良いということでした。だから、生計が立てられるならバイトを続けて暮らしてもいいし、バイト以外にも自分で何かするという選択肢もあったのでした。’
これは面白いことになった。そう思いました。
よく考えたらとてつもなく幸せなことですが、高校生までは授業に行き、放課後は部活に勤しみ疲れて爆睡する日々が続いていたのですから、将来のことなど具体的にイメージしたことさえなく、なんとなく電車に乗っているそこらへんのサラリーマンのように朝から晩まで働いて帰ってくるのが男の人生で、まあまあそれが人生なんだろうと安定した納得感があったからです。
それが日本の大学生という世界的にも類稀な、ほとんど勉強なんてしなくても卒業できてしまう小学校のような場所で年単位の時間を過ごした結果行き着いた自由という領域でした。
さて、自由になって自分の人生に積極的になり始めると大体の現代人はお金が欲しくなります。
(超特急で説明していきます。)
私は周りに大金持ちがいなかったので、とりあえず図書館でお金についての本を読むことにしました。そうなると大体は資本家に集約していくことがわかりました。
そうでした。教科書にも載っているし大学でも散々聞いたことのあった資本主義がそこにありました。
お金持ちになるためにはお金がお金を増やす必要があって、それを複利とか言います。安定的に収益を得るためには安定的に成長する株式に投資したりすればいいんですが、一つの会社に全財産を預けると倒産したり暴落したりして危なっかしいので分散投資をしたり、安定的な指標を見ているうちに、SP500とかのインデックス投資に行き着くらしく、それが噂のNISAというやつなのでした。
さて、この仕組みではどう考えても元本が足りないので元本が欲しくなりますが、元本がありません。
(こうしている間も一応説明会やインターンに参加はしています)
その後なんやかんやで仮⚪︎通貨などに手を出し大損したりした上で(※全て合法な範囲です)、いろいろなことを学んだ末、サラリーマンという職業がおすすめだということがわかりました。特に、ベンチャー企業は(雑な区分ですんません)色々経験できながら企業で挑戦できそうだと意識高い系のワナにハマりそうになりましたが、逆にインターン等で色々はお話を聞けたところでエセの意識高い系がいっても潰されるだけだということが分かりやめました。
・新卒カードが他の選択肢と比べて相対的に強すぎる。
・法制度の観点で被雇用者になるメリットが大きい
”就活の軸”を図る軸に意識的か?
さて、ここらへんで気づいてきました。私はなぜか金持ちになりたがっていた。別に金持ちが身近にいてその人に憧れていたわけでもないし、散財したいわけでもないのに。経済的な尺度でしか物事の豊かさを見れなくなっていることに危機感を感じ始めました。
もちろん、「ある程度の幸せにはお金が必要だよ。」という意見があるのはわかります。でもそんなことは分かっていて、衣食住に必要な、もう少し正確に現代人の置かれた状況を言えば求める生活水準の衣食住税に必要な財政基盤が作れればいいと。
ここから私の関心は大企業や将来金持ちになって来るかもわからない未来のある日の妄想をやめ、真剣に自分のための就活を始めます。
このスタート地点に立つのが難しかったのは、私が日本の中でも偏ったキャリア感や金銭感覚、またキャンパスに漂う謎の優越感を身に纏ったトップ層の私大文系学部生という特殊な環境にいたからかもしれません。というのも、ある時小学校の同級生と偶然会い、話すことになった時に彼は当たり前のようにこのスタート地点、本当に悪い意味ではなく身の丈にあった人生の歩み方を模索していたからです。
そもそも、私が通っていた慶應の学部生なんてのは(もちろん全員ではありません!)、大体が全くサステナブルでない方法で必死に受験勉強をして入学し、掴んだ伝統によって育まれた社会の眼差しに囲まれることに徐々に慣れ、下手をすれば全く見当違いな全能感を得てしまい、勝手にシュウショク活動でハードルを上げてさらなる社会的地位の向上に必死になるうちに自らの人生の目的を他者の目線でしか定義できなくなってしまう人が毎年続出しているのでしょう。
私は留学中、良くも悪くも自分がただの自分の専攻についても十分に語れない学部生に過ぎないことをことごとく思い知らされました。キャンパスライフとは怖いもので、私は一般的に謙虚な方だと思うのですが(少なくとも行動や態度には出さないと思う)、就職というイベントに際して自分の軸を定めようと思った時、これほどまでに傲慢な考えを持っていたのかというのは正直驚きました。
実際、シュウカツを積極的にしていトップ層の一部においては、「あいつどこどこの部活のあの立ち位置だったのにシュショク先〜らしいぜ」という、なんとも言えない未熟さと自分の信じる価値の絶対化、神格化が当たり前のように行われる場面もありました。
日本人は諸外国にエコノミックモンスターと揶揄される時代がありましたが、本当に随分廃れたジャングルの奥深くでの争いを見てしまった気持ちになりました。
さて、改めて。
ここから私の関心は大企業や将来金持ちになって来るかもわからない未来のある日の妄想をやめ、真剣に自分のための就活を始めます。
(ちなみに私は留学(3秋4春)のため1年間就職時期を遅らせることになったため、結局夏インターンの時期を2年分経験する期間がありました。ここまでは2度目の夏インターンまでの出来事でした。これだけ色々と考える時間があったので留学に行くチャンスがある人は少しでも留学前にインターン等に参加しておくとイメージを掴みながら現地で色々考えられるのでおすすめです。)
日本型のキャリア設計
日本型のキャリアとはジョブ型と比べてメンバーシップ型とはよく言われます。(説明割愛)
そのためか、就職という名前がありつつも事実上会社に入る就社の意味合いが強く、職種よりも業界内での立ち位置や業界そのものの性質で待遇や仕事環境が変わることが多いようです。近年は多少変化が見られるものの、いまだに多くの企業が年功序列を基本とする賃金設計であり、同時に雇用者自身がそれに見合った成果を出そうとして常に成長を求められる構造とも分析でき、これは経営者層と労働者層(キャリアを通しての職種が学生時代の専攻によりほぼ決まる)に分かれた組織設計が基本のヨーロッパ式と比較して大きく異なること、そもそも経験のない新卒を大量一括採用して育てる日本式の就職活動が世界的に稀であることなどがわかりました。
また、日本や西洋以外の地域では(これらの地域でもおそらく伝統的には、そして田舎では今でも)家族での自営業や、集団的な農業生活などが一般的で、しかしながら大首都東京にそのようなインフラシステムは巨大資本に淘汰されすでに崩壊していることもわかりました。
引き算の就活軸
株式会社アナタの資金調達部
まとめ① 最高に幸せな日本の就活生
まとめ② 絶望的に不幸な日本人
地域コミュニティは失われ、核家族化が進み、自分を承認してくれる場所が「学校」か「会社」くらいしか残っていません。その結果、本来は生きていくための「手段」に過ぎないはずの就活や会社が、自分の「存在価値そのもの」を測定する裁判所になってしまう。
周りを見渡せば、どこかで見たようなリクルートスーツを着て、借り物の言葉で自己PRを語る同年代。自分の価値観ではなく、「他人が羨ましがるかどうか」「世間体が良いかどうか」という他人のモノサシで人生を選択し続け、そのまま「会社人間」として最適化されていく構造がここにあります。
レールに乗れば安定はもらえるけれど、引き換えに「自分は何のために生きているのか」という感覚を少しずつ差し出さなければならない。
まとめ③ OB訪問もほどほどに
日本には古くから、伝統芸能や芸道の修行において、師匠自身も真理や先の景色をすべて理解しているわけではないのに、あたかも見えているかのような顔をして型を教え、弟子もまた「この先に何かがあるはずだ」と信じてついていく、という奇妙な伝統があります。
真実を知らない大人が、分かったような顔をして若者にレールを示し、若者もまたそこに「正解」があると思い込む。私たちはそうした社会的なフィクションの中で生きさせられているのかもしれません。
人間が勝手に作り上げた「就活」や「世間体」や「キャリア」というシステムの中に、正解なんて、最初から一粒も落ちてはいないのではないでしょうか。
悩む時間があるなら学ぶ時間もある
就活中たくさんの本を読みました。高校まで私は本なんて疲れるだけだと思ってあまり読んでこなかったのですが、大学に入り国語の授業や試験という与えられた文章や本ではなく、自由に本を選ぶようになってから、図書館や本屋をいろんな人の人生や頭の中を読むことのできる宝箱だと思うようになりました。(本当に)
一息つきながら読めるおすすめ本をまとめます。あえて私の感想などは書かないのでタイトルが気に入ったものがあれば是非手に取ってください!
<生計を立てるとは?仕事とは?>
ゼロから始める都市型狩猟最終生活(坂口恭平)
年収90万円で東京ハッピーライフ(大原扁理)
静かな退職という働き方(海老原嗣生)
日本社会の仕組み(小熊 英二)
<ちょっと肩の力を抜いてみる>
どうせ死ぬこの世は遊び人は皆(中田考)
<親との軋轢?>
毒になる親